ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

もし万一お母様が地獄に行くとしても最後まで信じて従う。

この言葉はある兄弟を面接した時に最後に言い放ったある幹部のものです。分派に行かせまいと面接していますが、説得力がいまいちだったようでそれでもご自分の信仰告白をしたような言い方です。残念ながらとんでもない思い違いです。なぜそうなのかを今日以降のテーマにします。

しかし考えてみれば、この言葉にある思いは大なり小なり熱心なあるいは純粋な幹部の方がたにある心象かもしれません。少し分析して見ましょう。

まずもし万一お母様が地獄に行くと仮定せざるを得ないのか?自信を持ってそんなこと有り得ない言い切れないのでしょう。どんなに声を大にしてサンクチュアリ教会を分派と叫んでも亨進様の主張に対して一部反論を試みていますが、最も重要なところはほとんど反論できませんでした。彼らもサンクチュアリ教会の人々や米本さんをはじめとするプログ村の多くの人々を説得できるとは思っていないでしょう。

徳野さんは判断力のない一般信徒をサンクチュアリ教会が騙しているとと言いますが、むしろ逆に「判断力の乏しい」信徒を言葉巧みに自分達を誤魔化し自分達に有利に誘導することは上手です。

たとえば独性女という言葉はお父様が30回も使っていると言いますが、使っている意味がだいぶ違います。お母様はあくまで堕落圏から復帰されて神の一人娘として勝利の道を歩んだのでありお父様と同じようにアダムやイエス様と同じ立場で産まれてきたのではありません。もしそうなら私達の学んだ原理ではなく全く別の教えです。まして私は産まれながらにしてそうですが、(胎中で聖別されたが、)お父様はそうではありません。16歳の時イエス出会ってからメシヤの資格を得ました。というのはもう別の教義、原理でしょう。

そのようなことには全く触れません。幹部達の不正や罪状についても何の弁明も明白な主もありません。


要するにサンクチュアリ教会の主張に対して肝腎な点については誰も何も反論らしい反論はなく相変わらず臭いものにはフタです。本当の意味では自信がなくて当然でしょう。赤信号みんなで渡れば怖くない、という状況でしょうか?



お母様は第ニの教主である、お母様に絶対的に従え、というお父様の教えは この度の集会の資料として配られたレジュメでも明なように95年までしかないのです。おそらくそれ以降はどんなに探してもそのようなみ言葉はなかったのでしょう。このことはお母様の勝利は95年までは間違いないが、それ以降は神山さんもご指摘の通り、お母様はお父様と行く道を別にするようになったそのような一面をいろいろな方が証言しています。それを幹部達は必死で隠そうとしてきたのではないか。そのように思えます。


事実を知らされない一般信徒には「判断力がない」のは無理からぬ事です。しかしながら幹部達にも良心があります。タイトルの言葉はお母様に対しての愛情と信仰が伺えます。しかしそのような間違った愛情や信仰がお母様を地獄に追いやることにつながることに気づいていません。次回は間違った判断や信仰がいかに危険かに触れていこうと思います。


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