ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

狭き門か広い門か、この際考えてみましょう。

神様大好き!さんの記事を読んでみると明らかに私の「狭き門より入れ!、信じて滅びよ!」の記事の内容を批判しておられるようです。今日はそのことの感想を述べてみたいと思います。



もとより自由闊達な意見は大歓迎で、なるほどとうなづきながら、楽しく読ませていただきました。自由闊達な議論がよいこともそうですが、確かにサンクチュアリーのほうが楽で広い門かもしれないと思ったことも事実で、そのことに気づいたことも嬉しい一面があります。



つまり狭き門というのは、好んで狭き門であるのではなく、本人にとってそれが非常に困難に思える環境であっても行かねばならないことを言ったまでです。



確かに統一教会、平和連合に留まることも「狭き門」かもしれません。いつまで高額エンドレス献金は続くのでしょう?摂理献金と称して組織維持の為、しかも大部分は内部の人件費や幹部の贅沢な報酬に使われているでしょう?反論があればキチッと反論すべきです。徳野会長もそのような疑問に答えられないのです。



というより、いつまで狭き門を強いるのでしようか? シックからどこまで絞りとれば、「門を広く」してていただけるのですか?今、そしてこれから喜んで感謝して献金するひとがどれくらいいるのでしょう?



ちなみに私は自慢ではありませんが、摂理献金を2000万以上して(別に額が問題ではありませんが)家も車も自分の名義から離れ、自己破産??状態です。別に献金のせいだとは思ってませんが、そうだという人もいるでしょう。




私は別になんとも思っていませんが、そんなことは問題ではありません。み旨のためならばどんな立場でもOK、です。




お父様の願いに応えようとしてきたのであって、なんの悔いもありません。しかし、お母様が、お父様の願いから離れ、サタンと取引してその利益のためにそのようにするのであれば、献金は断りますし、また誰でもそうすべきでしょう。



私は論戦を好むところがあります。白黒の論点を明確にしたいからです。神様の願いが何かを伝えようとしているだけです。サンクチュアリーの道が広く見えますか?もしそうなら沢山の人が来るかもしれません。



しかし、私の知る限り、いまの高額エンドレス献金がおかしいと思っている人は多いと思いますが、その理由だけで来る人はいません。亨進様の考えにすべて委ねて自分でも真剣に考えたり、祈ったりせずに来た人も私の知る限りいません。なかにそういう人もおられるかもしれませんが。



しかし、お母様を絶対的に信じて、ブログ村での議論など見ることもなく、自分の頭で考えもせず、すべてアベルに委ねている、統一教会、平和連合の皆さんの方が圧倒的に多いのではないですか?



狭き門はしかたないからですね。それでも行かなければならないのでしたら、行くべきですし、滅びの道でしたら、狭くとも広くとも行くべきではないでしょう。自分を滅ぼしたとしても、その道が本当に神様の願いの道かどうか神様に尋ねてみましょう。



楽な道そうだからサンクチュアリーに行く人が多くなるかどうかはわかりませんが、あまり深刻に考えず、自分の本心の働く神様を信じて、サンクチュアリーを選んでくださることは大歓迎です。あるいは気軽に接して頂いて、考えるきっかけにして下さい。



確かに外部伝道を統一教会に依存しているのは課題です。ただ、今の現状では少し難しいかなと思います。せめて教会としてのつどいの場も必要です。ただこれからどんどん証が出てくるでしょう。熊本のように。新しい生命がどんどん誕生します。



神様がどちらにおられるかやがてわかります。神様大好き!さんアベルが間違えても、たとえお母様に過ちがあったとしても、神様大好きを続けてください。ひょっとしたら、万が一にでもそういうこともあるかも、と一度考えてみてください。そのように考えてみることは「広い門」でしょうか?



今は食口にとってルターの宗教改革が起きた時以上の信仰的、思想的大混乱期になると考えますが、その厳しさ、辛さを噛み締めています。

汝、狭き門より入れ❗️信じて滅びよ。そうすれば生きる❗️

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。(新約聖書 マタイの福音書7章13節)


狭い門とは?より困難の多い道です。公職者のみなさんは、お母様が正しいのか、それとも享進様が正しいのか、談判祈祷する気がありません。もし自分たちの立場が危うくなる答えを恐れ、はじめから逃げています。



彼らは狭き門を語る資格がありません。私は努力して、自分とその周りの居心地の良い教会を作ってきました。子供の祝福も家庭交流中でそれを考えても敢えて教会を出て行かねばならない理由はありません。しかし、国と世界の運命を考えれば、このままではダメだ。教会は責任を果たしていない。また、自分の教会だけではどうしようもない。



そのような時、享進様の「沈黙を破って」シリーズを知りました。この選択は私にとっても狭き門でしたが、多くの公職にある方々、また、その教育を受けてきたほとんどの食口たちにとってもまさに狭き門となると思いました。広げる努力を懸命にしてきましたが。



何より談判祈祷の中で真のお父様との出会い、魂の交流により、享進様の訴えはお父様の心情からでていると確信して、このプログも開きました。



統一教会、家庭連合側からは、一方的な情報しか流れてこないのが実情です。サンクチュアリー教会側は両方の情報に接した上で、自分の主体的判断を願っています。




しかし、実際はいままでの信仰に固執した方が楽なのです。本気で考えれば、悩むし、判断する辛さがあります。誰かに、あるいは誰かの考えに任せた方が気が楽です。アベルに従う方が気楽です。ましてや子供の教育や祝福も任せた方が楽です。その他の人間関係もあるし、目に見える形、清平や、教会、その他の施設など、それらに依存するほうが楽です。



まさに「滅びにいたる門は大きく、その道は広い」のです。まさに「そこから入ろうとする人が多いのです。」まさか、お母様が過ちを冒していたとは考えられなかったと言うでしょう。まさかアベルが間違っていたとは思わなかったと嘆くでしょう。



私に何ができますか?と地区長まで言います。そうではありません。それは神様や霊界、そしてお父様を信じていない人の言葉です。私が真実を知り、お父様の元に帰ればどれほどお父様が、神様が慰められ、希望をもたれ、よろこばれるのか、実感することでしょう。



さあ、一時的には、辛い、険しい、狭き門ですが、そこよから入ってともに天国への道を歩いていきましょう。待っています。お一人ひとりを。神様もお父様も。聖和三周年は過ぎました。ペンテコステどころではありません。サンクチュアリー対策に追われています。そして審判が始まります。

天の時と共に生きる私たちの選択。その2

さて、サンクチュアリー教会への批判的記事の中に食口ばかりをターゲットにしないで一般の方をの伝道せよというものがあります。それはそれでおかしいわけではありませんが、必ずしも、そのような意見が妥当かどうかは疑問です。



神様の摂理をもう一度考えてみましょう。イエス様は本来旧約時代の摂理完成者としてイスラエル民族に降臨されました。ですから、旧約摂理の最高段階の人がまず第一弟子になるはずであり、それが洗礼ヨハネでした。そしてその父ザカリヤの家庭が復帰され、お父様のみ言葉によればザカリヤ家庭からイエスの花嫁がでなければなりませんでした、




そして、他の祭司長や律法学者パリサイ人、つまり旧約摂理のを担ってきた人たちがイエスを受け入れていたならば、イエスの十字架はありえませんでした。その時、地上、天上天国は成就していました。




それでは再臨主はどうでしょうか?もちろんキリスト教の最高段階の教団に降臨すべきでした。それが金 百文であり、許 孝彬でした。それでは享進様が、お父様の正統な後継者であるとすればどこをまず基盤とすべきでしょうか?それは言うまでもなく旧統一教会、いまの平和連合が基盤となるはずです。ですから、韓オモニやそれを取り巻く幹部たちが受け入れなければならない、ということになります。




それが難しくなったならば、一般食口からでもとなるでしょう。その食口たちから伝道の炎が燃え上がって摂理が一気に進むことが天の願いと思います。しかし、伝道は霊界からの強烈な協助もしくは、伝道力のある伝道師や教会長、あるいは家庭教会の充実などが必要ですが、前回の分析のようにそう時間的余裕がありません。




アブラハムの時、ソドム、ゴムラの街々を神様が滅ぼされようとした時、アブラハムの懸命のとりなしの祈りでたった五人の義人はいれば滅ぼさないと神様は言われました。この韓国、日本を救うお父様の願いに叶う義人、聖人は出ているでしょうか?



まず、この夏、脱会宣言をして、衝撃を与え、脱会旋風を起こした江利川さんはそのお一人だと思います。それに続いて日本の天運を動かす人が、でるでしょうか?




私たちは今歴史の岐路に立たされています。その決意と選択と行動によって日本や韓国、そして天宙の運命が左右されます。私たちのいままでの姿が、問題ではなく、いまこそ神様とお父さまの願いに応える人こそ、最大の功労者です。




いままでの教会のヒエラルキーのピラミッドがひっくり返る時なのです。わたしの願いに応えてくれるのはだれか?血のほとばしる叫びを聞いた人こそこの世界の運命を変える歴史の主役になるのです。