ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

黒頭巾です。ご無沙汰しております

皆様、ご無沙汰しております。ほぼ1ヶ月ぶりですが、この間南大阪教会長として会員を増やすこと、そしてお父様の権限に帰るための祝福、に奔走しておりました。


家庭連合の方では私の顔写真付きの名前を出して、徹底的に家庭連合のメンバーに接触などを禁じて封じ込めに必死だったようです。11月1日の祝福式と第一回目の記念礼拝もなんとなく漏れていたようで引き止めなどの形跡もあったようです。


にもかかわらず、19名が集まり、1日.4日で13名がお父様に帰る祝福式を挙げました。その後、懇親会を開き、参加者は素晴らしいお父様と霊界の導きを感じる証しをたくさん聞き、予定を過ぎても終わらず、急いで帰っていただきました。


会員は20名を超え、大半はこの1ヶ月で初めてお会いした方々です。板挟みになるであろうかつての私の人脈はほとんど連絡すらしていません。


ここでは語ることのできないつまり今の時点では明らかにできない様々な事情があります。神様の作戦は奥妙です。


これからも家庭連合の裏を掻いて揺さぶりの作戦をすることでしょう。所詮相手はサタンもしくは天使長です。もっとも知恵深い神様にはかないません。


ブログ村の皆様とはご無沙汰となって申し訳ありませんでした。励ましのコメントを出していただいた方々ありがとうございました。直接、またそろそろ書いてよと言ってくださった友よありがとう。


私は家庭連合から分派として締め出されましたが、短い期間で多くの人々と深いお付き合いが始まりました。もし迷っている方がおられたら、隠れでも良いのでご相談ください。


これからは私からは時々様々な報告ができると思います。新しいサンクチュアリのブログ村の皆さん、よろしくお願い申し上げます。

脱会して思うこと。サンクチュアリー人となった感想。


ブログ数日お休みしておりました。脱会宣言したその翌日から急に仕事が忙しくなってこの5日間16,13.11.10.13.時間といった勤務状況で、人手不足で仕事が詰まって最後はミスだらけになって力仕事も多いので、ブログ書いている時間もありませんでした。


一方で、霊の子も昨日サンクチュアリーに入りたいと言ってくれたし、近所の婦人も集会があれば、参加したいといわれて、今までの教会にはもう行かないと言ってくれます。ほかにもサンクチュアリー人からの連絡で日曜日に会う人がいて、そのあとも会わなければならない方々が、おられますが、だんどりがつかない状況です。


ブログ更新も気になりますが、みんなブログは見ていませんと言われて、(苦笑い)数日お休みしていました。


先回、「やり切れない思い。」を読まれてくださった方の中には頑張ってと言った励ましをいただき、そういう状況ですので、この場を借りてお礼を申し上げます。


今迄の教会に40年以上いたわけですから、駄目になったとなれば、その責任は自分にも当然跳ね返るものだろうとおもいます。失敗をみとめ、再出発をすることは謙虚でかつその原因を自分の中にも求めねばならないでしょう。この教会を通して、南北統一も含めて神の摂理が全うされると信じて、やってきたので、苦い思いを持ってきました。

しかし、その責任かは自分にあると自覚し、サンクチュアリーに参加しました。3月の家庭連合側の対応でそのことははっきりとしました。神様のみ旨を果たすためにも、お母様を救い出すためにも、神様が摂理を進める足場を造らねばならないと思いました。



2月から亨進様の説教などブログ村の記事を読んで、またこの一か月くらい日本のサンクチュアリー人と接して思うことは改めて、その違いを実感しています。



一言で言えば、天国は組織で入るものではなく、自分の手で扉をこじ開け、家庭を通して、氏族とともにはいるところということでしょうか。一番の違いは教会はそのための協助役であり、平たく言えば、天使長的役割でしょう。アダムとエバを育てる使命です。ただ、対外的には、組織がしっかりとできているべきですし、渉外活動などは組織的なところが必要です。



統一教会のアベル、カインの関係で組織の上位者がアベルであるというのはお父様の心情、みことば、あるいは情報の提供といった面では否定はできませんが、直接、お父様、亨進様ご夫妻につながるべきでその仲保の役割が中心ということでしょう。



日本に於いて組織の在り方、組織論の中でアベル、カインが語られてきた傾向があります。


これから、具体的に教会を内外ともに築き、育てることは大変かなと思いますが、皆様のご理解とご協力、また厳しいご指摘も含めた叱咤激励があってこそ成り立つものと自覚しておりますのでよろしくお願い申し上げます。

脱会宣言から一日が経って感じたこと。やり切れない思い。

昨日の脱会宣言から1日が経ちました。思った以上の反響があり、あらためて脱会という行動が結構インパクトのあることを感じました。



しかし、今の気持ちは複雑なものがあります。続いてぞくぞくと脱会してほしいかというと正直に言うと必ずしもそのようには思えません。



脱会などしたくなかったというのが正直なところです。だからと言って後悔しているわけではありません。



幹部方々や食口たちが真剣に祈り、考えて真実に気づいて欲しかった、というやり切れなさ、情けなさがあります。



確かに亨進様はお母様をますます激しく叱責され、 断罪されておられます。それはとても辛いことばです。しかし、私が辛く感じるその数十、数千、数万倍亨進様の方が苦しい厳しい闘いをされてこられたと確信しています。



それに思いが至らない幹部たちの無神経さ、無能さ、いい加減さに呆れます。



お母様は韓家の家系をメシヤの血統を生んだ文家の血統よりも重んじてこられました。私は産まれながらにして胎中から聖別された者でお父様はそうではないとか、神の一人娘(独生女)であり誰からも教育されていない、というお母様のお言葉はあんまりです。



そういう言動に対して幹部の誰からも疑問の声が上がらず、亨進様を嘘つき、親不孝と非難するばかりの幹部たちには本当に失望しました。

お父様が給料をもらって公職をしてはいけないと言われたことがよくわかりました。



しかし、お父様は食口や幹部たちが自らの考えや判断で改革の狼煙をあげて欲しいとお思いであったと思います。亨進様の9月27日の説教の中でお父様とお母様の子供や食口への教育のやり方に大きな違いがあったことを語られていました。



子供や食口たちに自由を与えていくお父様のやり方に合わせるべきでした。それに統一教会の失敗があったと思います。お母様のやり方は幼児や幼い時期なら、良いかもしれませんが、結局ただ従うだけの自らの判断や決断のないつまり頼りにならない今の幹部食口の姿にしてしまいました。



さまざまなブログ村の指摘を待つまでもなく自立できないあっちからこっちに従う相手を変えるくらいにしか考えられないレベルでしかありません。その意味で真剣に考え、祈ることもできない兄弟姉妹が哀れです。



私が愛した教会の食口たちはこんなはずではなかったはずだ、とお父様も嘆かれておられるのではないでしようか?



正直、私も似た思いがあります。したがって脱会などしたくはなかったのです。亨進様、国進様が教会の中枢から去られて、アメリカの片田舎に行かれた時どんなお気持ちだったでしょう?



お母様はすっかり変わられました。お父様にもっとも忠実であられ、もっとも模範的であられたお母様をもはやおられず、自らを神とする恐ろしいばかりのお姿です。それが本当のお姿ではないと思いたいですが仕方ありません。一方が神ならば他方はサタンです。相対立するようなどちらも信ずるのは多神教です。神様は絶対的に一つです。



いずれにせよ新しい出発です。賽は振られました。私の心にやり切れなさはあるとしても微塵も迷いはありません。



私にとって、明日30日は統一教教会、家庭連合から決別する日です。キリスト教が失敗しなければ、統一教会はありませんでした。統一教会が失敗しなければサンクチュアリー教会はありません。苦渋の決断を経て、今の亨進さんがおられます。もはや必然です。