ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

腑に落ちる話。アメリカファーストの真意とは。

私ごとですが、骨折から一ヶ月半、ギブスが取れて半月くらいでようやくアルバイトの研修に一日過ごしたのですが、なんと正式出勤日は月末から。慌ててハローワークに失業手当の再開をお願いしました。

つまり、その研修日から賃金が発生するため、その前日で失業保険による手当は終わります。新たな雇用先からは中旬から業務とあるだけで研修日当日になって月末からの出勤であることがわかりました。

すると、中旬にあった研修日から月末までの半月間失業手当も賃金も出ずということで痛手です。

その研修日1日限りで再契約はしませんという文書を雇用先からもらってそれを根拠に失業手当の再開をハローワークに主張するのですが、失業手当再開の根拠のために会社がそのような文書を作ったのでないとハローワーク側が説明するので異を唱えました。

雇用先の会社に電話して私の主張が正しいことが判明しました。

そして出勤日前日までの約半月間の失業手当をもらえるようになりました。私にとって失業保手当は生きていく上で必要です。

なぜこんなことを書くのかというと普段からこちらの主張をしっかりと伝えて、もちろん相手の話もちゃんと理解しようとするのですが、いわゆる腑に落ちるということの大切さが身にしみていることをお伝えしたかったのです。

腑に落ちるという言葉は知っていましたが、そのことをしっかり考えるようになったのは数年前からです。

私達はいろんな場面でいろいろな説明を受けます。そこでなんとなくわかったようなよくわからなかったような印象を持ったままで終わってしまうことはありませんか?

サンクチュアリのシックはそうではありませんね。それはおかしいとよく異を唱えるというか簡単に納得しないでしょう?それは改めて大切なことだと思います。

そのとき納得、つまり腑に落ちるまで真実を尋ねて求めるべきだと思います。

先日もある日本サンクチュアリの中心メンバーのお一人からみんなああだこうだと意見が多くてなかなかいうことを聞いてくれない、江利川会長も大変苦労されているとお話くださいました。

なるほど日本サンクチュアリでもそうなんだ。みんな長いものに巻かれろでもないんだなと改めて思いました。

ある程度はそういう訓練や過程は仕方ないと思うし、必要なことであると思います。

もちろん人の話はしっかり聞いて受け止めることも大切なことであるのですが。

さて、本題に入って行きたいと思います。

腑に落ちるところまで徹底的に議論することの大切さはこの時期にとても重要だと確信しています。

たとえば経済政策において何が正しいのか、専門家でも意見の分かれることも多いのです。わからないことだらけと言っても過言ではないでしょう。

そのためには正しくかつ重要なポイントを見つけること、そして優先順位のつけ方、処理の仕方の順序などを明確にすることです。

たとえば、世界で最も優先順位の高い問題はなんでしょう?

まず世界大戦、とくに核戦争を防ぐことです。ヒラリーが敗れ、トランプが勝つことによって当面は防ぐことができました。しかし、ヒラリーを勝たせたかった勢力はトランプの弾劾を狙っています。

ですからこれを防ぐことがまず重要です。

次に重要な問題は北朝鮮問題です。これは日本と韓国に深刻な影響があり、次回以降引き続き取り上げます。

それと同じくらい重要なのはISイスラミックステートをはじめとするイスラム過激派集団によるテロ問題です。これを解決しなければ将来イスラム社会対キリスト教社会の深刻な対立、さらには文明の衝突から文明の戦争へと拡大してしまいます。

トランプ大統領はそうなる前に手を打とうとしています。

それはそうですが、私達日本人や韓国人にとって最も優先順位の高い問題は北朝鮮問題です。

この解決のためにはアメリカは圧倒的な軍事力を背景にして北朝鮮に圧力を加えることが問題解決の前提です。その実力を背景にしてこそ外交的な圧力や交渉が可能となります。

空母打撃群その他の戦力を配備するにも、韓国などの犠牲を最小限に食い止めるためにも、強力な、圧倒的な軍事力を持たねばなりません。

それを可能にするにはこれまた圧倒的軍事費が必要となります。その軍事費はアメリカ国内から調達しなければなりません。

そこで、アメリカ国内の経済的安定が必要です。

世界の警察官をする力はアメリカにはもはやありませんが、アメリカの国益を守るための軍事力の行使は必要であると考えています。そのためにも経済的な立て直しが必要です。

アメリカファーストの真意はそこにあります。

論考。日本がエバ国家としてもう一度確立するために。

先日、江利川会長とお会いする機会があり日本がエバ国家であるかないかということはまだ決定していないというお話を伺いました。

先日も少し書く機会がありましたが、日本がエバ国家から外れないことの重要性は非常に大きいと思っています。

また韓国がアダム国家であるか外れてしまったかも、韓国聖殿シックにとっても非常に深刻な事と思います。

しかし、二代目王様のおられるところすなわちアメリカがアダム国となっていることは止むを得ないことかもしれません。また、韓国は95%厳しい状況であると言われていること、また実際の情勢分析からも大変難しい立場にある

と思います。

そういった中で、韓半島がこのような状況を見て、日本がエバ国家であり続けるにはどのような課題があるのかを考えてみたいと思います。

韓国が主の生まれた国であり、韓半島がアダム国家であったことが日本がエバ国家となることに決定的な意味があったと思っています。

まだ家庭連合で九十年に日本人牧会者として韓国人事と言われて、韓国で数ヶ月暮らしたところ6500双の韓日カップルが大変な家庭が多いことにびっくりしました。

あまりに韓国人男性に信仰がなく、深刻な状況にショックでした。アボジにお会いして心で報告したところアボジから強烈なご返事がありました。

「日本は大陸と繋がらないと生きる道はないよ。韓半島からから切れたら生きることができないや。」

その時、どうしようもない思いに捕らわれたことをはっきりと覚えています。

しかし、アボジはもはや地上におられず、韓国は地に沈み、そこにつながることはできません。

安全保障はもちろん、経済的にまた様々な面でアメリカにつながらなければなりません。そこで問題は歴史的、文化的、宗教的ににアメリカとの接点をしっかりと掴まなければなりません。

日本は中国大陸からとくに韓半島経由で様々な形で文化、宗教、政治社会的制度などを移入してきました。そのことは有形、無形に日本の中に根をおろしてきました。

それをよく学び、吸収し、日本の文化を築いてきました。

とくに儒教においては韓国から朱子学を江戸時代に取り入れて幕府の統治思想の中枢においたので、現存する秩序がそのまま天が定めた秩序として「お上」大事の文化が定着してきました。

韓氏オモニの失敗と幹部の不信仰によりそれは全面的にサタンが利用する結論となってしまいたいました。

たとえば、二代目王様を非難する言葉として「親不孝者」というのがあります。

つまり、サンクチュアリ側からの主張に対して論理的また実証的に反論が不可能なため、結局、親不孝といった儒教的な徳目を持ってレッテル貼りをして、二代目王様を非難し、自己防衛をしてきました。それは韓国でも日本でもそうです。

欧米では宗教改革などの体験から個人が確立している面が強いため、親不孝という非難はあまり重たさはありません。

つまり儒教的東洋的な道徳徳目がサタンに利用されたわけです。これにより、キリスト教の徳目や宗教改革の恩恵から再臨主との関係を深めなければならなくなりました。

韓国は神様が数千年準備されたもともと主の国です。

東洋的仏教、儒教のほか様々霊的に予定された国です。ですから、日本よりもずっと後にキリスト教が入ったにもかかわらず世界で最も宣教に成功した国と言われたくらいキリスト教が熱心に入りました。

そのような土壌に再臨主の登場する国となりました。

韓国のキリスト教の霊的、あるいは教義的にトップと位置にあった金百文ら二人の牧師の失敗、そして梨花女子大学校の失敗によってキリスト教全体の失敗となりました。

今回の韓氏オモニと家庭連合幹部の失敗によって儒教を代表する東アジア全体の思想の失敗となりました。

これにより私達は逆に回って西洋のキリスト教精神、宗教改革の精神からもう一度再臨主の基盤を作り直さなければなりません。

キリスト教国家ではない日本は家庭連合では特別な方法で伝道を進めてきましたが、アダム国家が移動した現実を踏まえ、中心的には失われてきたものを蕩減復帰しながら、 本来的な過程を歩む存在が必要であると確信しています。

次回に続きます。

誌上説教「力強い信仰生活をおくるために。」

誌上説教。聖書拝読

マタイによる福音書十章二十八節

「また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。」


説教「力強い信仰生活を送るために。」

力強い信仰生活を送るにはどうしたら良いでしょうか?

たとえば、国家の十字架を背負って苦しい信仰の姿で歩むのか、あるいはトランプ大統領とともにマクロの摂理に対して二代目王様のように力強く影響を与えていけるような歩みが私達にできるのでしょうか。

そのようなことを考えてみるとその背負っている責任の大きさや重さを実感しながら必死な思いで歩むしかありません。

しかし本当の信仰の力強さは神様との関係性を実感しながら歩むことです。

それは永遠の命の実感、すなわち魂の成長に手応えを感じながら生きることが大切です。

私たちにとって永遠の世界で残るものはなんでしょう。

位置?名誉?財産?形としての実績?

といった形ある誰の目にも見えるものに永遠の命に対する価値はありません。

いつかは誰しも死にます。サタンの最大の実権行使は肉体の死であると原理講論にあります。

それはイエスさまの十字架です。サタンもそれ以上のことはできません。

それではそれと引き換えで肉体の死があったとしてもやり通す神様への愛の強さが証明されればサタンはその方の魂すなわち霊人体には触れることはできません。

死は身体が滅びることです。それでは魂を滅ぼす方とはどういうことでしょう。それは神様であるという解釈が一般的です。

神様は私たちの魂を滅ぼされるのでしょうか?

神様は私たちに永遠に生きる魂を与えてくださいました。

それは簡単なことではなく大変なことでした。

宇宙の創造は何百億年以上前のことだ言われています。地球の創造は46億年前のことだと言われています。

アダムとエバに最初の魂すなわち霊人体が与えられました。それ以前の人間?には神様の子女としての神様との関係性が親子という意味での霊人体は与えられていませんでした。

人間始祖アダムとエバは初めてそかれらの親にも与えられていなかった 永遠の命、霊人体を与えられたのです。

そのアダムとエバが、失楽園物語にあるように血統的に堕落してしまったが故にそれ以来全ての人類は血統的に罪ー原罪その他の罪を背負って生まれてきました。

それでは神様は人間に永遠の命を取り上げてしまわれたのでしようか?

いいえそうではなく永遠の命をアダムエバと同じように与えられて生まれてきました。

すると神様が滅ぼされるのは罪に染まってしまった魂、すなわち地獄の中で未来永劫に生きるしかなかった魂を滅ぼされるという結論になります。

サタンとの因縁のない真に成長してし、完成した魂ー霊人体を生かされるのです。

私たちは魂を滅ぼされるお方すなわち神さまを畏れなければなりません。自分はどうせみ言通りには生きれない、どうせそういう人間だと傲慢に開き直ることはできません。

開き直るだけは開き直ったとしても最後は生きている時に悔い改めなければなりません。

そして神さまに談判をして再び生かしてくださいと真剣に祈らねばなりません。

死んでから地獄に行って滅ぼされるのではなく、生きている時に神さまを正しく畏れて神さまの前に悔い改めなければなりません。

私たちはみ言のごとく完全に生きることは難しく感じられます。

それはその通りですが、だからこそ悔い改めが必要です。それは自らの魂の叫びとして内面から出てくるものであって、自分以外からくるものではありません。

誰かに求められた悔い改めなければならないというものではなく自らの内面の声、魂の声、魂の姿に向き合ってこそでてくるものです。

さて結論です。魂までも滅ぼされる方は魂(霊人体)を創造された神様ご自身が罪の覆われた神様の子女である人間をかれらの悔い改めによって罪を亡ぼされるという意味です。

私達は自らの意志で罪を悔い改めて復活していくことにより、神様の再創造の御わざの恩恵を受けることができます。

私自身の魂が、イエス様の聖書のことば、お父様のみことば、二代目王様からいただくみことばをによる再創造の恩恵を受けることができます。

次回の大阪での礼拝は6月25日日曜日です。

奇しくも6,25動乱の記念日ですね。よろしくお願い申し上げます。