ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

韓氏オモ二の過ち。その二

ご子女様がご指摘されることを同じ内容であったとしても、一信徒の立場で表現することは覚悟と困難が伴います。私にとっては神様から、お父様から書きなさいとおっしゃっていると感じるので、万難を排してという思いで韓氏オモ二の過ち。とさせていただきました。


そしてまた、亨進様がどれほど深刻にこの内容を語ってこられたのかと思うと辛くても避けては通れないと思うのです。真のお母様が過ちを犯したといえば、傷つく方も多いでしょうし、そんなことは信じられないと拒絶される方も多いと思います。


先回の記事で真の家庭はあまりにも悲惨でしたと書きました。それは本当に信じられないほど苦難の路程です。それはお父様をめぐる食口の女性信徒達の関係でした。六マリアと一般的に言われたりします。私も実は反対派が言っていることと受け止めてきました。家庭連合、統一教会では口をつぐんでいますし、事実をはっきりさせることはありませんでした。お父様の聖和をめぐって亨進様、国進様とお母様が決定的に対立したとき、そのことを公にするとおっしゃられたとお聞きして信じられない思いでした。


しかし、亨進様はそれを実行し、恥ずかしいことではないと断言されました。驚かずにはおれませんでした。これは多くの食口が信仰の危機となると思いました。私は神様と霊界に守られて、お父様を不信することにはなりませんでしたが、世の中はもちろんどれほど多くの食口が、揺さぶられ振り落とされるかと案じられました。


分派、分裂と大騒ぎすることも吹っ飛んでしまうくらい衝撃的な話です。そのことの摂理的意義や事情は今回は触れませんが、真のお母様はそれは神様の摂理と受け止め、その苦難を耐え忍ばれ、真の母として完全な勝利をおさめられました。耐え難い試練を超えてこられたとはお聞きしてきましたが、実体的にまさかそのようなことがあろうとは考えられませんでした。


女性としてのすべての試練を超えてこられた天地の公認をお父様からいただきながら、それでも超えられないものがあったのか?亨進様は言われました。お母様は「私が止めていなければおまえ達の異母兄妹があちこちにできていた。」と言われたそうです。興進様の聖和、ダンベリー路程と試練の先に、ご子女様の御家庭に起こった様々な悲劇、さらに庶子の存在などあまりにも多くの衝撃的事件が続き、ご心労、ご心痛は想像を絶するものです。


家庭連合、統一教会の知恵ある幹部達がそれを隠そうとしてきたのは、無理からぬ事とも思います。もし私が幹部であったとしてもどのような悲劇があったか、どれほど御家庭が悲惨であったかを伝えてどんな結果を招くか、それを考えるれば、隠すのはやむを得ないと考えたでしょう。しかし、いつかはすべてか、あるいはかなりの部分が明るみに出てああだこうだとなるでしょう。蕩減時代はお母様はじっと耐えられました。お父様に第一のお母様、第ニのお母様の話をしてくださいと多くの食口の前で質問する方がいました。あるいはお父様の女性との噂話の真偽を聞く人もいました。お父様はそれはオモ二に聞きなさい。オモ二がすべて知っていると。もちろんお母様は沈黙してこられました。


そして、うちひしがれておられるお母様に弟子の姿となったサタンが近寄りました。「お母様はあまりにも多く苦難の十字架が背負わされてあまりにもお可哀想です。お父様のために苦労を背負われました。お母様が耐えてこられできたからこそ今のお父様がおられるのです。お母様の犠牲無くしてお父様がメシヤとして一日もいることはできませんでした。お父様がメシヤとしてやってこれたのも、お父様がメシヤになることができたのもお母様の犠牲のゆえです。」と。「メシヤを勝利させたのだから、貴女こそ本当のメシヤです。」と。


また別の観点から考えてみましょう。国進様の絶対的信仰は、例えばもし万が一亨進様の身に何かがあってもその息子である信俊様を立ててその後継者とされるということです。自分の亨進様をその位置にしてあげたのだから自分が亨進様の位置を奪う、窺うということはあり得ないということです。ですから三代が必要です。そのことを天宙に誓われたのが王冠をかぶせ、王衣をまとわせるという儀式でした。


お母様は「私がメシヤです。」とお父様の位置を奪われました。本来は絶対的アベルとカインが一体化したところに真の父母としてメシヤが絶対的にこられなければならないのです。


そしてまた別のサタンが近寄りました。その話は次回にします。

韓オモ二の過ち。

真のお母様は最後の最後でその使命を終わられました。なんと残念なことでしょうか?どうすることもできないもどかしさと当惑と悲しさ、やり切れなさをひきずりながらも、新しい出発を決意し、覚悟する時を迎えました。私自身40年を超える信仰生活の中で、このように思いになることはありませんでした。


真のお母様はどうしてこのようになってしまわれたのか?もはや厳密に言うと真のお母様とお呼びすることすら不可能となりました。その位置は妍雅様に移りました。三代に延長されてしまいました。アブラハム、イサク、ヤコブの神と聖書にあるように真の父母様の王権は三代に延長され、真のご父母様、亨進様御夫妻、そして、信俊様とその将来の夫人に継がれました。本来、そのこと自体別に問題はなかったはずです。



しかし、真のお母様は亨進様をと離れ、さらに真のお父様の位置までも奪ってしまわれました。真のお父様の位置は亨進様が受け継ぎ、母子協助によりお支えする側に立たれなければなりませんでした。「亨進様の王冠」でも触れましたが、お父様の後継者としての位置は絶対であり、その位置に対して絶対的に侍る国進様の勝利こそこの真のご父母様の絶対王権の確立の最重要事項でした。



もし万一亨進様の身の上に何か重大な出来事が起こったとしてもその位置はそれを全面的に支えた国進様が窺うことはあり得ないということです。ですから三代が必要です。まだ幼い信俊様をどの様に支え、育てるかが問題です。その環境を求めて、亨進様は、アメリカの片田舎に住む決意をされました。


国進様の勝利がどれほど偉大でしょうか?亨進様の位置は絶対です。その位置は侵すことのできないものです。なぜか?善悪闘争歴史の全ての蕩減がかかっています。どれだけの血が権力闘争で流されてきたでしょうか?王統とは好むと好まざるに関わらずその様な運命を逃れられません。王の中の王である家系は人類歴史と無関係でしょうか?


亨進様はその様な戦いには向いていないと無関心でありたかったようです。しかし、お父様の後継者としての位置と責任を離れれば真のお父様がどれほど悲しむか。お父様の愛と期待に応えるしか道がないことを悟られました。宗教者としての静かな生活は許されませんでした。ですから、国進様はその様な弟を守るために「おまえが、血を流すことは耐えられない、それは私がやる」と決意されました。人にはその人それぞれ引き受ける役割があります。自己否定は自分がするものではなく天の願いを知り、それに殉ずることです。


結論を急ぎます。真のお母様、いえ、韓オモ二は第二の教主になられたならば、お父様の後継者の位置はみ言葉通り亨進様にお譲りにならねばなりませんでした。それを奪ったことは国進様が切り開いた王権の確立を台無しにされ、闘争歴史を繰り返す愚を犯されました。天一国憲法のもと最高委員会❓が後継者を決定する?それが原理的?⁇一体誰が、誰をを選ぶのか、派閥と多数派工作が永遠に続き、最高委員会の委員長や委員を巡っても幹部達の血みどろの戦いが続き、どうにもならない状態になり、やがて独裁者が現れ、判断力のない衆愚となっている信徒達に君臨することでしょう。何れにせよまず自分たちの操りやすい後継者を選ぶことから始まります。


真のお父様がどれほど悔しく思われるか?韓オモ二は失敗をされました。もはや後戻りはできません。


韓オモ二は本来、永遠の真のお母様です。二度と真のお母様は必要ありません。その勝利は確定しておられます。しかし、最後の最後で失敗されました。残された王権を中心とする使命と責任は妍雅様に移されたのです。

李 妍雅様は真の母の後継者であり、聖霊の実体です。

非常に残念なことに真のお母様は真のお母様としての権限を失っておられます。その後継者であるのは李妍雅ニムであり、聖霊実体としての使命を果たしておられます。このようなことは既に亨進様が話されておられますが、私が自分自身の体験として実感しております。もちろん亨進様のお話がなければ、よくわからなかったでしょうし、そのような実感も持てなかったでしょう。




しかし、今はそのことが明確に分かるようになりました。正直言ってお母様にある程度同 情しているところがあり、理解できるなあと思いました。それは、亨進様がまだ幼いころに、泣いておられるお母様に駆け寄り、お父様はひどすぎますと一緒に泣かれたようにお母様の苦労に限りなく同情してしまう面があったのだろうと思います。




しかし、亨進様はお父様がメシヤであることを疑いもなく確信されるようになりました。幼いころはお父様が本当にメシヤなのかと信じていなかったと振り返っておられます。そのことがどれほどお父様の心の痛みとなっていたか、と自分は罪人であったと激しく悔い改めておられるのです。私は幼いころのご子女様方がお父様をメシヤ、と信じていなかったのは当然過ぎるくらい当然であったと思います。それほどお父様の家庭のご事情はあまりにも悲惨でした。




そのことは今回触れませんが、その事情を乗り越えてお父様をメシヤ、と確信されるようになられたことが大変な勝利であると思います。もちろんお父様の真の愛に触れ、その価値を悟られ、またご自身の血統がどれほどの犠牲の末のものか、その貴重さをご理解されていかれたのでしょう。そしてお母様の苦難のご路程を身近で知り抜いてご父母様の価値の偉大さを誰よりも深くご存じでおられます。




同じような試練が我々になかったそれだけでもどれほど感謝でしょうか?サタンの全てに打ち勝たれたと思います。お母様は最後の最後でサタンは誘惑を退けることができませんでした。そのことで一番深く心痛めておられるのは真のお父様であり、そして亨進様です。



あのアブラハムが鳩を裂かず、供え物の献祭に失敗したようにもはや三代にわたって延長せざるを得なくなりました。ヨナニムはその使命を継承し信俊ニムを支えてお父様、亨進様、の後継者として見守り育てられます。お母様が14人のご子女様を産み育てられることが最大の使命であられたように。


メシヤの使命の継承者はお父様の決められた、血統的正統な亨進様が相続されました。お母様は真の母としての使命的位置を離れしまわれ、聖霊の実体ではないのです。



そして、このところ平和連合、統一教会から脱会してサンクチュアリィ教会に移ったことが話題となっています。そして脱会した方々が口々に気分が良い、晴々と、生き生きと証ししています。それは悪い環境から開放された、とかあるいは悪い夫と離婚した妻の清々とした気持ちと取られるかもしれませんが、そういうことではありません。聖霊の働かないところから、聖霊の役事を受けられるところに来たことによるものです。サムライ、というだけでは悲愴感が漂いますよね。



亨進様、妍雅様に感謝を捧げましょう。