家庭生活講座。その三。「思春期の子育てについて」
家庭生活講座。その三「思春期の子育て」
先日もあるサンクチュアリの四十代のご主人と話していたら、「十歳を過ぎたらもう親の言うことは聞きませんよ」と呆れたように話していました。
十歳というのは少し早い気はするが、彼の上の子供達はおませで成長も早かったのでそうかと納得でした。
この思春期に差し掛かってくると子育てはかなり厄介なものとなります。
統一思想(李相軒先生著)では人間の成長期を7年毎にわけて、最初の7年を情緒教育、次の7年を規範(善悪)教育、最後の7年を技術(天才)教育とされていたと記憶しています。
(詳しい方がおられましたら教えてください)
最初の7年はとにかく愛情一杯に育てます。まだ外の世界がわからない子供にとっては、うちのお父さんが世界一、うちのお母さんが世界一とか言ってくれる時期です。
だいたいお母さんが大好きと聞いても恥ずかしくもなくうんと答えてくれる時期です。
女の子ならお父さんと結婚するとか男の子ならお母さんと、、とかいう可愛い年齢です。
子供は三年間で一生分の親孝行をするという言葉がありますが、親にとってもまさに子供が生きる支え、力になる頃です。
四歳くらいになるといたずら好き、やんちゃ、わんぱく、好奇心とかいろいろ手を煩わせますが、この年代までは、おとうさん、お母さん特にお母さんの感情が自分の感情にダブっていきますので、お母さんがダメ、嫌い、であることが悪いこととなります。
親の顔色、気持ちが決定的な役割を果たしますので情緒(愛情)教育です。三つ子の魂百までと言われるほど大事な期間てす。
やがて学校生活なとで、友達、などの影響を強く受けるようになります。いろんな言葉を覚えてきて親を驚かせたりします。
登校拒否とか、勉強とかいろんな問題も出始めもたりします。
ここでは学校の勉強とともに家でなぜ、これはダメなのか、これないいのか、を教えてあげなければなりません。
特に小学校高学年になる頃までには男女問題を易しく、本来や将来の結婚や、家庭を持つまでの在り方を通して教えてあげる必要があります。
その時の手本はもちろん親である夫婦の姿です。これが最も大切だと思います。我が家も大変でした。
これが規範(善悪)教育です。これが思春期に入ってくる子供達にはとても大切なことです。
この頃の子供達は、親の言うことを聞かなくなったり、手の込んだ嘘をついたり、塞ぎ込んだりと、小さな時期とは違う手のかかり方をします。
私達夫婦も随分葛藤しました。
みことばを持っていても、簡単に子育てに応用もできず、親も足らないだわけで、、、。
そのころには献身者でもなくなっていましたので、世の中で軽トラの配送などをしていて、四人の子育てと仕事で、大変でした。四人の子供は三人が年子で家内は35歳から40歳までの約五年間で四人産んでの子育てでした。
その時、世の中の子育ての本をいっぱい読みました。
それが良かったのかは断言できませんが、後々に至るまで、学べたことがあります。
一つは親は立って見る木というのがあります。親の字を分解すると立つと見るも木も分解できます。
その分解の解釈が学術的にどうかはわかりませんが、漢字の成り立ちは霊的な啓示も多いとも聞いてきたのでなるほどなと思ったものです、
(例えば犠牲という言葉がありますが、犠という言葉はアブラハムも供えた供え物を意味する成約の(雌)牛、と新約の供え物の羊が我であり、その成約の供え物である牛のごとく生きるのが犠牲という文字です。)
親は立って見る木とはなんでしょうか?
干渉してもいけないし、放任でもいけない。そのバランスの取れるところはなんだろうと考えていたところにこの言葉がありました。
しっかりといつも子供を見守るが、先回りして決して手は出さない、干渉はしない、相談された時、やシグナルを出している時、頃合いを判断できるまで、意見や干渉をしないのが原則ということです。
我が家の娘の一人が、私も何人か付き合ってほしいと声かけられたんやで、と言っていました。
付き合っても仕方ないやん。と言うと相手はずーと自分のことを見てくれる人がおるんやで。(俺が守ってやるといいたいのでしようか?)と言われたが、それやったら親がおるし、あんたはいらんわ。と答えたと言っていたのでこの世的にはどうかわかりませんが、子供達はお付き合いした異性はいないようです。
特に思春期はこの世では男女の付き合いは当たり前ですし、遊びたいと思う年頃です。
若さから遊びや、短絡的になって一線を越えるような関係になりそうな時、親の顔が思い浮かぶと言われています。
その時親に大事にされていると感じてきた子供は親が悲しむと思った子供は一線を越えないそうです。
その時、親は自分のことなどどうでもいいんだろうと思ってしまったら、自分もどうなってもいいやと思ってしまうというのです。
親から大事にされていると実感できない子は自分も大事にできません。
逆にこんなに大事に思っているのにと干渉しずぎると、それはそれで子供は切れてきます。
そんなに自分(子供)のことが信じられないのか、子供の心がなんでわかろうとしないのかと切れてしまいます。
これはもっと難しい問題です。子供達はまだ、自分の気持ちをよく伝える表現力がないし、自分でも自分を持て余すところもあって、親から見ると気分次第のわからないだらけの存在なのでお互いにイライラが募ります。
この時、役に立った言葉はことばは、子供には目に見えないけれと、危険物注意の張り紙が貼り付けられていると思いなさいというものでした。
つまり子供は危険物なので取り扱いは注意が必要であるというものです。
子供の個性や感受性を大事にしなさいとかいう言葉はいっぱい氾濫していますが、具体的なイメージができたのはこの言葉でした。
親からは簡単にはわからないよものという感覚をよく表した言葉でした。
まあ、こんな具合にして数十冊の本を読んで参考にしました。
大変な試行錯誤があったと思いますし、手探りだったのが実感です。
それではさらに思春期の子育てについての参考例をお伝えしたいと思いますが、とりあえず今回はここまでにします。