文在寅はもともと北の工作員であり、実質共産主義者だった?
文在寅大統領が実質的に共産主義者であったという証言があります。
彼をその正体を隠して大統領に上り詰めました。
今後ほぼ一年以内に現れる怒涛の国難に対しても彼は巧妙に実質北の同調者としてきたとの連邦共和国づくりに向けて工作を続けていくでしょう。
テレビでおなじみの龍谷大学教授 李 相哲氏の記事を引用します。
〜引用開始〜
「金日成奨学生」韓国司法界に浸透 元公安検事は断言「文在寅は共産主義者」
大統領からみる韓国(2)
7月11日、韓国・ソウルの大統領府で行われた閣議で発言する韓国の文在寅大統領(聯合=共同)
先月、ドイツで開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議から韓国に戻った大統領、文在寅(ムン・ジェイン)を“うれしいニュース”が待ち受けていた。
名誉毀損で捜査
4年ほど前に「文在寅は共産主義者」と発言した元検事で韓国放送文化振興会理事長、高永宙(コ・ヨンジュ)を名誉毀損の疑いで捜査すると韓国検察が発表したのだ。
高は、朴槿恵(パク・クネ)が勝利を収めた2012年の大統領選直後の13年1月、ある市民団体主催の講演会でこう話した。
「文在寅が大統領になれば韓国が赤化されるのは時間の問題だろうと確信する。これは虚構ではなく実際に起こりうることだ。文在寅は姿を変えた共産主義者だ。(文が落選したのは)わが国にまだ国運が残っていたからだ」
この発言から1年8カ月後の15年9月、文は「名誉毀損」で高を告訴したが大統領に当選するまで検察は何もしなかった。
しかし、告訴の翌月にあった国会の定期国政監査では、文が代表を務めた「新政治民主連合(現与党『共に民主党』の前身)」の所属議員らが、高の発言に集中砲火を浴びせた。
議員 「(12年の)大統領選挙で文在寅候補を支持した国民も共産主義者、またはその思想の同調者か」
高 「私は公安検察出身です。国民が知らないことを先に知ることも多い。国民の多くは北朝鮮の対韓国戦略がどういうものかを知らないのです」
議員 「では、知ったうえで投票した人は共産主義者か」
高 「そうですね。知りながら投票したなら共産主義に同調したといえるでしょう」
追及は高氏の過去の発言にも及んだ。
議員 「司法府が左傾化したといったが根拠は?」
高 「2002年に私は司法試験3次試験官を務めたが、受験生に『朝鮮半島における国家の正統性はどこにあるのか』と質問したら、10人中8人が『北韓(北朝鮮)にある』と答えていた」
高はこのとき、あぜんとして正統性の根拠を受験生に聞いた。受験生は「韓国の建国勢力は親日派だったから」と回答したという。これは北朝鮮の主張に同調するものだ。
議員 「あなたは『(北朝鮮国家主席の)金日成(キム・イルソン)は1964年、対韓国工作部門の人々に向かって、南朝鮮の聡明(そうめい)な若者はデモに出さず、(司法試験の)勉強をさせ、司法府に浸透させろと指示した』と言っている」
高 「それは誰もが知ってる事実でしょう」
議員 「では、わが国の司法部に『金日成奨学生』がいるという意味か」
高 「そうだ。北韓(北朝鮮)という体制下で金日成の指示が履行されていないはずがない」
「36年前の因縁」
因縁というべきか。実は高と文の接点は36年前にさかのぼる。
81年、釜山で社会科学系の書籍の読書会を開いていた学生や教師ら22人が「反国家団体を称賛した」として令状なしで逮捕、拘束される釜林(ブリム)事件が起きた。このときの被告を弁護したのが後に大統領になる盧武鉉(ノ・ムヒョン)、捜査を担当したのが釜山地検検事だった高。当時新米弁護士だった文は、その後の再審を担当した。
70年代終わりごろから釜山地域では洋書販売関係者、学生らが集まり、体制批判意識を高揚させるための社会科学書籍を読み、討論する集まりがあった。
一部の被告は2014年2月に再審で無罪が確定するが、判決に不満を持つ高は次のように断言する。
「釜林事件は、民主化運動でも何でもない。共産主義事件だ。盧武鉉と文在寅は知っていたはずだ」
釜林事件の取り調べの中で被疑者の一人は高にこう言ったという。
「いつか歴史が変わり、共産主義社会が実現したらわれわれは検事のあなたを審判するだろう」
盧武鉉政権を担ったメンバーの多くは釜林事件の関係者だとも言われる。
=敬称略 (龍谷大学教授 李相哲)
〜引用おわり〜
彼の正体を追求する機会はこれまでにもあったはずです。
今日まで、彼が隠し通して大統領まで登り詰めてきたことの保守派の責任は重いと言えるでしょう。
数少ない彼に対する疑問のインタビューが知られています。
李 相哲教授の続きの記事からです。
〜引用開始〜
大統領からみる韓国(3)より。
朴槿恵(パク・クネ)大統領(当時)に対する弾劾決議案が国会を通過した2016年12月。韓国紙中央日報は有力候補へのインタビューをはじめた。第1弾は文在寅(ムン・ジェイン)だった。
保守陣営猛反発
記者 「あなたが大統領に当選したとしよう。そしていま、北韓(北朝鮮)も行けるし米国も行けるならどこへ先に行くつもりか?」
文 「躊躇(ちゅうちょ)せず言いたい。私は北韓に先に行くつもりだ。ただ、事前にその妥当性について米国、日本、中国に十分説明するつもりだが」
文のこの発言に保守陣営は猛反発した。かつての左派から保守に転じた元京畿道(キョンギド)知事の金文洙(キム・ムンス)は「国家の危機的状況下で親北朝鮮的な発言は自制すべきではないか」と文を批判した。
4月19日のテレビ討論会で保守系の「正しい政党」候補の劉承●(=日へんに文)(ユ・スンミン)は文にこうかみついた。
劉 「北韓はわれわれの主敵か」
文 「それは大統領(になろうという人)が言うべきことではない」
〜引用おわり〜
長くなるのでこの記事の趣旨は省きましたが、この記事では彼は13年前の大統領府の秘書官時代に北朝鮮の特別な配慮(韓国政府は単純ミスとしているらしい)によって離散家族として北に住む叔母さんと北朝鮮で再会している。その時の三日間何をしていたのか沈黙を守っていることを疑惑として報じています。
〜引用開始〜
04年7月11日、現職の大統領府社会文化首席秘書官だった文は2泊3日で北朝鮮を訪れた。公務ではなく「離散家族」の一員として北朝鮮にいる叔母、姜(カン)ビョンオクに会うためだった。
(中略)
「文候補(当時)が生まれたという事実すら知らないはずの叔母が、再会を要請した(北朝鮮が主張している)というのをどう考えるべきか」
「北朝鮮が大統領側近の文首席に関する資料を調査し、文首席に接近する方法として離散家族再会を推進したのではないか」
保守側は、文が北朝鮮での3日間、何をしていたかについても釈明を強く求めたが、文は沈黙を守ったままだ。
〜引用おわり〜
文在寅が実質北の工作員であることが示唆されています。