ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

上京して諸星くるとさんと江利川会長の礼拝を受けました。

先日の日曜日、用事があったので、上京したので、首都圏礼拝に出ました。諸星くるとさんの説教をお聞きして、久しぶりに江利川会長にもお目にかかり、食事の後の懇親会?にも出て「 聖霊 」についての意見交換をしてきました。

以前のサイバーサンクチュアリの共同会長で一緒だった堀さんにも久しぶりにお会いして、目があってお互いニコッと微笑んで、自然といろいろ会話していました。

「あんな記事出されてほんと参りましたよ。」と私が言うと「いやー会うとやっぱり違いますね〜。」などと歓談の機会を神様が与えてくださいました。堀さんも仲直りの機会を待っておられたのかなと感じました。

これも礼拝の恩恵です。まあ私としてはあんな記事を私に書く気持ちはどんなだろう、よっぽど傷ついてきたんかな。と思ってきました。正直、私の方には何の悪意もありませんので、会って目から微笑むことは抵抗もないのです。

私は心の中で人に悪意を持たないなどと言うつもりはありませんが、同じサンクチュアリの兄弟ですし、聖書にあるように仲違いしている兄弟があるならば、まずその兄弟と和解してから新しい出発をしなさいという趣旨の聖句があったと思い、ずっと気にはしていました。

新しい出発を四月からしたいと思っていました。ですから堀さんにも私は何とも思ってないよと心から言いました。私の言い分はもちろんありますが、堀さんもよっぽど傷ついてきたんだろうなあと考えていました。

ですから反論はせず、和解できる時を待っていました。

私の気持ちは通じたかなと思いましたがどうでしょうか。

近いうちにお聞きしたいなあと思います。


また私のことを反江利川だとかおっしやる方もおられるようで、私の礼拝に来られる方からよく聞きます。

この際ですが申し上げれば、私には江利川さんに何の葛藤もありませんし、どれだけありがたく思ってきたかわかりません。

また親しくしていただき、教えていただくことも一度二度ではありません。それではなぜ日本サンクチュアリで一緒にならないのかと多くの方がお思いになるようです。

もちろんいずれは必ず同じ日本サンクチュアリに一員になるのは間違いありません。今江利川会長の元日本サンクチュアリに行かないことで誤解される方も多いのかなとは思いますが、日本の蕩減があると考えているからやむを得ないのです。

それではなぜ今すぐ一緒にならないのか?

それは江利川会長が本部でご報告されているように日本人の持つ特性と関係しています。私も日本人のまぎれもない一人ですし、日本人の良さもありますが、日本人の感覚や考え方に団体になれば、あまり気が付いていない殻のようなもの、あるいはカラーというようなものがあります。


真のお父様は日本人の良いところを見いだし育ててくださいました。しかし、このような結果も招いてしまいました。蕩減復帰は逆の経路を辿らねばなりません。

私には(自由サンクチュアリではありますが、)本当にどこの団体という壁がないのです。もちろん自分の城を作ろうとしているのだろうというご批判はいただきますし、無意識のうちの堕落性が出てくるのかもしれません。

ですから強烈に意識してそれを超えることが良いことだという考えを持っています。自己否定は自己破壊ですが、成長できることを考えれば、ありがたいことです。

それは江利川会長も含めてそのようにアベルを通じて成長することももちろん多いと思いますが、逆に、これまで受けてきた教育をもう一度再検討するなどして良い点と変わらなければいけない点があろうかと思っています。日本全体を通じてであって誰かかれかを言っているのではありません。


このように書けばわかるなあと思う方もあれば、そんなこと言ったって自分というものにこだわっているだけでしょうと思う方もおられることと思います。

確かに私でなければ、言えないこと、書けないこと、やれないことがあるように思っています。それがやれているという実感があり、神様との関係性の中で、堀さんと目が合ってニコッと笑ったように自然に時が来ると考えています。

( もちろん、堀さんだけでなくの一緒にやってくださった過去の役員の方々とも役員とか何とかの関係でなく兄弟姉妹として関係性ができればありがたいと思います。)確かに忙しいのです。時にふさわしいことをしながら時を待ちます。

江利川会長はよく自分には自由がない。あるのは責任ばかりですとおっしゃります。本当に責任感と使命感の強い方です。一歩でも近づきたいと思ってきました。

日本に、そして韓国も、アジアもと思うと気が遠くなりそうですが、摂理を祈れば、お答えになる神様を知ってしまいましたので、責任を感じるのです。


まあとにかく東京まで来るのは急に決めたことでしたし、たまたま諸星さんの礼拝と知って娘婿のためにもいいかなと軽い気持ちで行ったのですが、良き天の計らいだったのかと感じた次第です。

最近はブログでは時事問題に投稿することが多いのですが、私の個人的なことや家庭の中での関係での記事をよく読んでくださっている方もいらっしゃると改めて聞いて、久しぶりに個人的信仰のことにも触れてみました。

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