ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

汝、狭き門より入れ❗️信じて滅びよ。そうすれば生きる❗️

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。(新約聖書 マタイの福音書7章13節)


狭い門とは?より困難の多い道です。公職者のみなさんは、お母様が正しいのか、それとも享進様が正しいのか、談判祈祷する気がありません。もし自分たちの立場が危うくなる答えを恐れ、はじめから逃げています。



彼らは狭き門を語る資格がありません。私は努力して、自分とその周りの居心地の良い教会を作ってきました。子供の祝福も家庭交流中でそれを考えても敢えて教会を出て行かねばならない理由はありません。しかし、国と世界の運命を考えれば、このままではダメだ。教会は責任を果たしていない。また、自分の教会だけではどうしようもない。



そのような時、享進様の「沈黙を破って」シリーズを知りました。この選択は私にとっても狭き門でしたが、多くの公職にある方々、また、その教育を受けてきたほとんどの食口たちにとってもまさに狭き門となると思いました。広げる努力を懸命にしてきましたが。



何より談判祈祷の中で真のお父様との出会い、魂の交流により、享進様の訴えはお父様の心情からでていると確信して、このプログも開きました。



統一教会、家庭連合側からは、一方的な情報しか流れてこないのが実情です。サンクチュアリー教会側は両方の情報に接した上で、自分の主体的判断を願っています。




しかし、実際はいままでの信仰に固執した方が楽なのです。本気で考えれば、悩むし、判断する辛さがあります。誰かに、あるいは誰かの考えに任せた方が気が楽です。アベルに従う方が気楽です。ましてや子供の教育や祝福も任せた方が楽です。その他の人間関係もあるし、目に見える形、清平や、教会、その他の施設など、それらに依存するほうが楽です。



まさに「滅びにいたる門は大きく、その道は広い」のです。まさに「そこから入ろうとする人が多いのです。」まさか、お母様が過ちを冒していたとは考えられなかったと言うでしょう。まさかアベルが間違っていたとは思わなかったと嘆くでしょう。



私に何ができますか?と地区長まで言います。そうではありません。それは神様や霊界、そしてお父様を信じていない人の言葉です。私が真実を知り、お父様の元に帰ればどれほどお父様が、神様が慰められ、希望をもたれ、よろこばれるのか、実感することでしょう。



さあ、一時的には、辛い、険しい、狭き門ですが、そこよから入ってともに天国への道を歩いていきましょう。待っています。お一人ひとりを。神様もお父様も。聖和三周年は過ぎました。ペンテコステどころではありません。サンクチュアリー対策に追われています。そして審判が始まります。

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