いつまで働くの。ずっと働くことは素晴らしいことだよ。きっと。
ここでも何回が取り上げていますが、現在においても、また将来においてはさらに生活の不安は私たちシックには相当程度あると思います。
もちろん、信仰的観点からいろいろ言うことも可能でしょうが、今日は別の観点から考えてみたいと思います。
私たちの祝福は6500双前後から、国際祝福が当たり前になって日本の女性は世界中の貧しい国々にも当然のごとくお嫁に行ってとんでもない苦労をしてあるようです。
お隣の韓国にもたくさんの主に女性が嫁いで、かなりの苦労を今もしておられるでしょう。
その中で、韓国のお嫁さん不足の農村部へ嫁がれた日本女性も多いのです。
それでいろいろ騒がれたり大変な苦労をされた方も多くおられるでしょう。
また、嫁として舅、姑に仕えて、模範的な主婦として、政府なり自治体から功労賞をいただいた日本女性も多いと聞いています。
文鮮明師も韓国農村のお嫁さん対策に貢献するということを否定されておられませんでした。
今となってはそれでも崩れていく韓国社会のため歯止めになれたのかはわかりませんが、祝福家庭には様々な使命があり、その国や社会に貢献することを願われていることも痛感します。
私たちの統一運動は全体としてみれば狭義の神さまの摂理をいかに進めるかはもちろんですが、同時にまた世のため、人のために尽くすという観点も重要であると思います。
もちろん、私たちの力で世の中を変えるというほどのものではないと承知していますが、たとえば、さきほどの話を例にとって考えてみたいと思います。 韓国ではか日本以上に学歴社会ですし、またソウル一局集中の弊害が指摘されている中で、農村には若者が止まりにくく、お嫁さん不足は深刻になっていました。
しかし、長男は両親を置いていくわけにはなかなかいかないので、親と長男が残されます。
さほど信仰がない家でも、お嫁さんが来てくれるならと入会して、日本人の女性を迎え入れました。
そのように貢献して、家で、地域で、日本人として苦労されて、ひいては国と社会に尽くしてこられました。
その深刻な立場は、やがていつか大きな証となるでしょう。
翻って日本は高齢化社会を向かって深刻な将来が待っています。
景気が良くなりにくいのも最近では業種によっては深刻な人手不足が原因とまで言われています。
その状況を変える道の一つに高齢者の就業促進が期待されています。
60代はもちろん70になっても働ける方は働いてくれれば、社会が助かるというわけです。
そこで、4月13日の日経新聞には「高齢者の就業促進」というタイトルで、高齢者の就業が増えれば、一石四鳥の効果があると書いてあります。
その要点に感想を加えてみました。
第1に、働き手が増えるので当然のことながら人手不足が緩和されるということです。
私もかなりの人手不足の業界に勤務しています。
第2に年金の支給年齢を引き上げるなどの社会保障の負担を弱めることの効果が期待されて、社会保障改革を進められます。
第3に高齢者の方々が働けば、それだけその高齢者家庭の負担が軽減されて、将来不安も多少なりとも軽くなります。
去年私は手を骨折して2ヶ月ほど働けませんでした。転職もしました。もしそのまま働けない身体になっていたら、子供たち家族の負担は重くなり、また将来の不安も大きかったでしょう。
第4に医療費の削減にも貢献します。高齢者の方の労働参加率の高い地域つまり、お年寄りの働き手が多い地域は高齢者一人あたりの医療費が少ないという関係にあるということです。働いているお年寄りが多ければ、医療費も少なくて済むということです。
私たちが高齢になっても社会の中でいろいろな分野で働いて、あの年でもああいう風に働いているよ、という姿を地域な勤め先の内外で見せてあげて、世の中に刺激を与え、お年寄りの働く姿に好印象を与えてその雇用を促進することも広い意味では世のため人のためでしょう。
高齢者でも働いているのが普通の社会となれるよう、刺激的な生活を送ることが、私たちの生活も刺激的になるでしょう。
健康に気をつけて、明るく、周りを和ませ、良い潤滑油となりましょう。
"為に生きる"ことは言葉としてそれを知っていることではなくて、どのような生活、立場であっても実践できるし、そのように生きられるものになりたいものです。
社会の中で先頭を切ってやってみましょう!