ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

将棋界のレジェンド、引退した加藤一二三九段から何を学ぶか?

若者を見ればその国の将来がわかる!という趣旨のお父様のみことばを少し前に紹介しました。

それはその通りですが、高齢者の方が、すばらしい業績を上げたり、意欲的な姿を示してこそ若者も国民も安心することができます。

なぜなら高齢者の姿は若者や中年者にとっては未来の自分達の姿ともなっていくとも言えるからです。

その代表的な方の一人として今話題の藤井聡太さんの将棋界から加藤一二三(通称 ひふみん)さんをあげたいと思います。

加藤さんは藤井聡太四段が現れるまでの史上最年少プロ棋士14歳7ヶ月の記録保持者でした。また神武以来の天才と歴史上始まって以来空前絶後の天才と言われました。

それだけでく、70歳を過ぎてもまさに全身全霊で将棋に打ち込む姿はまさにレジェンドと言えるでしょう。

彼がプロ棋士となったのが昭和二十九年ですから私の生まれた年です。そして私の生きた63年間を現役プロ棋士として身を削る、まさに魂を賭けた勝負の世界で生きてきました。

それがどれくらいすごいことか、羽生三冠以下現役最強棋士達も絶賛を惜しまず、絶超人的な記録であることを強調しています。

そしてそのユニークなキャラクターは高い声質と率直で多弁な話し方は多くのファンを引きつけました。若者からも “ひふみん”と呼ばれて人気があります。

彼の引退は成績の不振からの強制的引退だったため、ある意味壮絶な戦いの結果でありそれもまた鮮烈な印象を残しました。

またそれは藤井四段の将棋界の歴史を超越した登場とレジェンドの幕引きというまるで歌舞伎の回転舞台で役者の交替と配置転換でもみるようです。

さらに彼の偉いのは長年連れ添った奥様に内助の功をたたえ、それに深い感謝をされておられることです。

私たちはそこから何を学ぶべきでしょうか?私たちは神様を信仰するもの達ですが、いつも希望があるのは限りません。絶望的なときもあります。

しかし、神様とともにあるべきです。

真のお父様はお母様を捨て、たったお一人で、何も知らない妻と乳飲み子を捨てる立場で、38度線を逆に超えていかれたのです。

そのときのお母様はお父様が誰であるかも知りませんでした。北韓で興南にいかれた時はどうでしょう?

神様とサタンの戦いで勝つ時ばかりでなく、悲惨な時も次の戦いに向けて挑戦する挑戦者の人生であったのではないでしようか?

どんな時も戦いは続くのです。もうダメだという絶望的な場面でも戦いは続きます。

なぜか?私たちには神様がおられるからです。

私たちの神様は天地を創造された全ての根源の父なる神様です。

勝負の世界で生きる人はその人それぞれの“世界”での神様を知っています。

ヤワラちゃんで知られる谷(旧姓 田村)亮子さんは金メダルを確実視されたオリンピックの決勝で伏兵の北朝鮮選手に敗れました。茫然と畳に座り込む姿は今でも目に焼き付いています。

そのあと彼女は「神様はその人の乗り越えられない試練は与えない。」という友達の言葉に神様からのメッセージと捉え立ち上がり、見事に連続金メダルを取りました。

「神様が勝たせてくれた。」という世界のトップアスリートからはよく聞く言葉なのです。

将棋は頭のスポーツでですが、そのような勝負の世界で63年間も戦い退場させられるまで戦い抜く生き方は凄いの一言です。

私たちは永遠に生きるアスリート以上の戦いの場にいるのです。

負けを認めることはできません。次の戦いに向かうのです。勝つまで死の場面まで闘わねばなりません。お父様が共におられるのです。お父様は最後まで闘い、最後には勝利を収めるみずからの息子娘として信じておられるのです。

猫族の話。ネコとの出会いと別れ。続編。

猫族という言葉があるのかどうかはわかりませんが、この言葉を私が知ったのは12年前のことです。

先日あの世に旅立った我が家の末っ子猫をくださったNさんのことをそう呼ぶのを聞いたのが初めてでした。

Nさんは自分でも広い家にたくさんな猫を飼っていての猫好きの人たちの“溜まり場”にもなっていて、猫好きな主婦の社交場にもなっています。

私の妻もその辺りで新聞の集金人で、おしゃべり大好き人間として、知り合いになるのは自然でした。

当時我が家は長女が学校からもらって来た猫を飼い出して4年ほどで猫の話しをしていると「もう一匹飼ってくれない?」ということでもらって来たのが先日このブログで最期を報告した“チビ”でした。

家内が昨日このNさんにチビの最期の様子と“葬儀”のことを報告すると話もそこそこに次の猫を飼わない?と聞かれたそうです。“猫族”とはそういうものです。

一般的に猫の話が好きかどうかは人によっていろいろだとおもいますが、普通はチビの死に方とかにはちょっと引いてしまうのですが、家内が「でもうちの夫は相手の野良猫を恨んだらいけないって言うから」と聞くとすぐ別の猫を勧めてくるのです。

彼らは野良猫達の世話もしていてボランテア的に協力してくれる獣医と結託してお金を出し合って野良猫たちの避妊手術をして野良猫が増えない様にまた生まれて来た猫の引き取り手を必死で探したりしているのです。

全くのボランティアです。実は五年前チビが病気になって治療代もなく困っているとき、この獣医を紹介してもらって命が助かりました。手術代は多分相場の四、五分の一だっただろうと思います。Nさんの紹介だからということです。

うちの次女がチビは「喧嘩なんかしないネコだったのになんでこんなことになったん?」と落ち込んでいましたが、私は「いや〜この手術の時のチビ手術後の処置のの暴れ方はすごくってベテラン看護婦さんたちが総出でなんとかチビを抑えようとしたけどあかんかってん。」

このとき、麻酔も切れたのかチビのものすごい声が隣の部屋まで響き渡っていました。先生から説明を受けていましたが、さすがに先生もどうしたのかなと気にされ始めました。

仕方なく私が行って、抱き上げるとあっと言う間におとなしくなって、みんな唖然でした。

その時家内も怖がって何もできませんでした。チビは普段、内弁慶で外では「借りてきたネコ」そのままでしたがそういうやたら気の強いやつところのあるネコでした。

今回のチビの最期にショックを受けた次女はなんか家のなにかを守りたかったのかなとポツリと言いました。我が家が野良に侵されると思ったんやろかと言うのです。

「元々飼い猫だった“ノラ”はチビが羨ましくて仕方ない、初めは可愛い目をしてるなんてお母さんも言ってたからこの家なら飼ってもらえるかもしれないと思ったんだろう。」

そして我が家に何度も上がり込んで勝手にチビの餌を食べたりして警戒したチビと大げんか。“我が家の猫”と言う位置を巡って壮絶なバトルが始まってしまった。

もちろん私たち家族もできるだけの対策をして、ドラ(野良猫のことをよくそう呼んでいました)を家に入れない様、チビを出さない様してきたつもりだつたのですが、夏になって網戸が問題でした。チビにも開けれる網戸があったり、また最後はドラは網戸を破いて侵入してきました。

我が家では結果的に毅然とした“防衛”ができなかつたことにより、専守防衛に徹してきて、チビの外出も防ぐことができなかったうえ、ドラの攻撃を許してしまいました。

まさか、その敵意が、殺すまでのものとは思い至りませんでした。

しかし、猫族にとっては全て保護してあげたいねこたちでしょう。私も野良猫を憎むなと言います。長女、自立した次女、家内、私の四人でチビの葬儀の日の夜外出をしました。次女は事件の前後からのチビに会っていません。

この季節、翌日には「葬儀」をして骨にしてやらねばなりません。私がチビの様子を次女メールで昼間送っていましたが、トイレで読んでよかった、号泣したと言っていました。

猫大好きな(将来有力な猫族となる候補です。)長女は職場で周りからなんかあったの?と聞かれたそうですが「なんも。」と言って笑ってごまかした。と言います。もし一言でもチビが…って口を開いたら、泣き出して仕事になれへんから。ということでした。それでもだいぶ仕事になってへんと思うけど。

食事の場ですが、始まってしばらくは女性たちは口が重く、なんであんな死に方を、とか、あのドラ許されへんとか心の中で思っているのです。猫族候補の長女は一言「もう一生、「茶トラ(猫の種類。ドラがそれでした。)は飼われへん。とつぶやきました。彼女は茶トラが一番猫の中でも好きな種類でした。

家内は「私もなんで?と思ったけど、お父さんが、ドラを憎んだらあかん。と言うから、私も恨まない様にしている。」と話しました。二人は納得はしきれていないようでしたが、うなづいていました。

私の趣旨は次の通りです。人間がうらんだら、チビもそれに引きずられる。家族に愛されて、幸せな思い出ばっかりだった幸せな“猫生”だったのが、恨み思い出に引きずられる。チビは意識が薄れていく中で家族みんなのことを思い浮かべていたに違いない。

そんな時、家族の呼び声が聞こえて、そっちのほうに懸命に前足を一本前に伸ばそうとした。目は見えているようには見えなかったが虚空を見つめて最後の力を振り絞ってこっちを向いていた。

車の下から出してやった時まだかすかな息があったようだが、大好きだった末っ子の次男の腕の中で事切れた。(次男はチィーとかチィちゃんとか呼んで妹のように可愛がった。)


あいつは最後まで幸せな猫だった。

だから、相手を恨むな。動物は自然の掟に従う。いつ死んでも天の摂理に従う。元々怨みなど無い。

もちろん稀な死に方かもしれないが、元々の殺意は人間のなかにある。堕落の世にあって人間に殺意があるのは不思議でもなんでも無い。それを乗り越えてこそ、人としての使命が果たされる。そのような人間になり、そのような人間に愛されてこそ真の猫達の本来の幸福がある。三大祝福はそういうものだ。



( 私は骨折後二ヶ月にして昨日仕事にでました。深夜の粗立ちっぱなしの荷物の区分です。身体もガチガチで、よろけてお店で食べ物をひっくり返して長女にしかられました。生まれて初めての体験が多くなってきました。

書かなければならないことはたくさんあるのですが、頭も動かず、書きやすいことを書いてしまいました。

もうすぐ米韓首脳会談が開かれます。気の重いテーマですが、運命の別れ道となります。そのことを書かねばなりません。このブログをお読みいただける方々に感謝しています。大事なことを考えることを共にできる方々かおられることが私の最大の励ましとなっています。

「従軍慰安婦」問題を霊的側面から考える。韓国が厳しい。

ライラックさんの「慰安婦は売春婦」という発言を聞いて.,.というブログ記事を読んでとてもコメントしづらい内容ですが、コメントをしてみたいと思います。

というのはこれからの韓国が、どういう風になっていくのかそれを良い方向に戻していけるのかという私のテーマにも関わりますので避けても通れないと感じております。

確かに外交官としてあの様な発言は確かに無神経というかセンスのない発言であったと私も思います。

韓国のご主人や韓国社会の中でお暮らしになる日本人の夫人という立場はどれほど夫の想い、韓国人の感情にご心痛かとお察しします。


その気持ちを今回の発言は逆撫でする様なものであったと理解しますが、ではどうすれば良いのかという提案はありますか?やはり日本次第でしょうか?

韓国では八割前後の人たちが文在寅大統領を支持しています。自分たちの大統領だから支持したくなるのもわかりますが、反日政権です。また、このままでは北と完全に繋がってくっついて,..

それは目をつぶっておられますか?



真のお父様は従軍慰安婦のことを言われたみことばを知っています。今から三十年近く前だったと思います。

従軍慰安婦てあった女性として亡くなった方の日本人に対する怨みの想いはどれくらい深く、強いか直接ではありませんが、そういう趣旨のみことばを聞いたことがあります。

初期の清平で、どれだけお父様が従軍慰安婦の霊達を解放しようとして苦労してこられたでしょうか?

私もはかつて自分の元で一緒だった女性が本当に苦難を乗り越えた末に韓国にお嫁に行って、妊娠しましたが、子宮頚がんの疑いがあるという診断を受けたと連絡がありました。

多分前がん状態だろうが切ってみないと悪性かどうかはわからないと言う話でした。

私はその女性に前のやはり韓国人との祝福がどうしてもダメで本人に必死で再祝福を説得しました。

ところが、なんでアベルかもしれないが、あなたに言われなければならないのかと激しく拒絶されて一時は諦めましたが、どうしても彼女をみてるのが辛いので、それを正直に伝えてあなたの気持ちは分かるが、私が、あまりに苦しいのでどうか、私のためにでも良いので再祝福を受けてくれないかと懇願しました。

その結果でしょうか、巡回師の話しも受け付けない人がついに再び韓国人と再祝福されてお嫁に行きました。

連絡がきて、子供を諦めるか、自分の命をどうするかという話しを聞いたとき、私は目の前が真っ暗になったことを今でも覚えています。

私はお父様の言われる従軍慰安婦の話しを思い出しました。韓国に来た日本婦人に血統を残させない、つまり子供を作らせないと強烈な作用を起こすと言われたのです。

私は必死で祈りました。私のいのちに関わってもいいので、無事に出産させてください、と祈りました。

彼女は無事、男の子を出産し、癌ではなく良性であるということでまた、二人目も授かりました。

(生活の支援も少しはしましたが、度々はできず、また、姑さんがきつくて、次から次へ試練が来てなかなかどうしてあげることもできず、姑さんが亡くなってくれてホッとしたという彼女とは私が転居したあと彼女も転居しついには連絡が取れなくなりました。私の妻が何度も韓国人に問い合わせをして探しましたが、わかりませんでした。)

従軍慰安婦の解放は大変でした。

しかし、このままではその従軍慰安婦の霊とともに韓国の運命が危ないのです。


あの天使長ルーシェルは一旦悔い改めてお父様に従いましたが、ご子女様に従えず、やがて反旗を翻し、反逆しました。

私の見解ですが、その反逆に従軍慰安婦達の霊も多く従った様です。

韓国は国全体がやがて引きずられていきました。

そして、韓国は韓オモニと幹部の失敗を取り戻すことができません。

戦争とかによる短期の審判ではなく、最悪の戦争が避けられても韓国がどういう社会になっていくか次回以降考えてみたいと思います。