ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

“God,bless America ! make it America great agein” 近づくアメリカ大統領就任式。

いよいよトランプ米国大統領の就任式のカウントダウンとなりました。

なんとワクワクすることでしょう。また、まわりのなんとも騒がしいことでしょう。

このような騒動の中で大統領に就任するのは確かに異例のことだろうと思います。

それだけ、世界が混沌としており、解決すべき手段が手詰まりであり、閉塞感、つまりどうしていいかわからない状態にあるという感覚が覆っていました。それは十数年前から世界を覆っていました。

八年前、“Change”を掲げて「われわれは変われる!できるYes,we can.」と訴えて現れたオバマ現大統領でした。オバマはことばは、 立派で理念は理想主義的でしたが、現実を変える力は持てませんでした。彼は皮肉にもますます行き詰まり、悩みが深く、融和を訴えたにもきわらず、国論の分裂を招いていきました。

アメリカ国民は現実を変えてくれる実行力の人を探してトランプを見出し、彼にアメリカの未来を託しました。

ところが、ことばだけの大統領は左翼や敵対勢力につけこまれ、また特権的支配者層、既得権益者にも利用され、行き場を無くしていきました。

次回にまた触れますが、中東政策で失敗し、ISを生み、シリアを内戦化し、多量の難民を生み出す結果となりました。

オバマのようにことばだけはだれからも否定しづらく、理想主義的とされ、結果として世界を危うくされることはいくらでもあります。

例えば日本では、戦争 反対、平和を訴えれば、反対はしづらいのです。平和!平和!を叫ぶのは左翼の常套手段であり、国と世界を危うくさせること道につながっていることも多いのです。

オバマ現大統領の場合は(民族、人種、国家、宗教、難民などの)融和、(性的少数者、性別などの)非差別、そのような意味での寛容、平等、公平・・・といったことばは立派に聞こえますが、現実に問題を解決する力がなければ、それはかえって問題を複雑化、深刻化していきます。そのことばは表面的なもので問題解決力がありませんでした。

日本の左翼が利用する良心家と同じで、いわゆる進歩的知識人や、文化人たちが引っかかってしまいます。

トランプはその欺瞞をあばき、健全なアメリカを取り戻し、そして力強く現実の課題にチャレンジし、果敢に結果を引き出す力を見せつけようとしたのです。

アメリカはオバマたちがこだわる政治的公正さ(ポリティカル コレクトネス/ political correctness)に疲れてきました。

その象徴が移民問題です。移民、難民の問題については後日詳しく書きますので、今回は少しだけ触れておきます。

たとえば、オバマの八年間でアメリカでは、クリスマスに公共の施設ではクリスマスツリーが飾れなくなりました。アメリカではクリスマスは元々国民的、また宗教的行事もともとでした。ですから公共の場所では必ずといっていいほどクリスマスツリーが飾られ、お祝いのムードでした。

ところが、イスラム系の移民が増えてその人々に配慮してクリスマスもおおっぴらに祝えなくなったというわけです。宗教的な行事で他宗教の人々に配慮して、遠慮して圧迫感を与えてはいけないというのです。

しかしこのような政策はもともとの自国民にますます閉塞感を与えて、結局本来目指した開放的な融和は遠ざかるのです。アメリカはギクシャクとして、鬱服感が広がりました。

アメリカはキリスト教の国家です。自国と自国民のアイデンティティを失って行くような“政治的公正さ”はあまり優先されるべきとは言えません。

このように一度壊してつくりかえるべき「常識」が多いのが現実です。そして現実の課題に真っ向から挑戦し、神を中心とする新しい世界が、彼、ドナルド トランプとともに始まるのです。

“God,bless America! and (we will )make America great agein.”

(神よ、アメリカに祝福を与えよ!そしてアメリカを再び偉大にするのだ!)

トランプのアメリカファーストは復活のための序章。

今日はアメリカ次期大統領であるドナルドトランプ氏について書いてみたいと思います。

あと数日で大統領に就任しますが、ようやく開かれた記者会見が物議をかましたりして、アメリカのみならず、世界中の人々にさまざまな不安の材料を与えています。

例えばトランプのいうアメリカ第一主義とはいかがなものか?という疑問があります。 70年代を中心としてお父様のみことばにもアメリカが自国第一の考えになれば大変なことになると言われました。

それをどう捉えるかという疑問を現段階での私の考えを途中ではありますが、とりあえず書いてみたいと思います。

結論から言うとそのことはそれほどの心配いらないと考えています。

まず70年代と今とはアメリカの状況が大きく変わってしまったことがあります。

アメリカの国力は70年代から相対的に大きく後退してしまいました。トランプであろうとヒラリーであろうとオバマでももはやアメリカは世界の警察官を堂々と自認することが難しくなりました。

しかし、世界情勢は日本も韓国ももちろんですが、相変わらずアメリカの力を頼りとしています。

少し昔を思い出してみましよう。例えば80年代のレーガン大統領はソ連とのスターウォーズと呼ばれた核抑止戦略によってソ連を敗北させました。しかし、それを支えたレーガノミックスと呼ばれた政策はアメリカに大規模な双子の赤字、すなわち政府の財政赤字と貿易赤字をもたらし、結局そのツケは日本の円高などにによって払わされました。

つまりソ連の解体という成果にはアメリカの相対的国力低下と同盟国の犠牲的協力という結果がもたらされました。そのためには多少品がないように見えても強い「オヤジ!」が出て来なければならないなと考えています。

アメリカは世界の警察官としての国力を失いました。しかし、世界を支えるための国力を維持していくためには復活をしなければなりません。

つまりあらたな世界秩序とさらにこれから起こるであろう北朝鮮の崩壊さらに中国現体制の崩壊といった大混乱に対応するための国力の養成をしなければなりません。

アメリカは精神的にも、経済的にもこれから起こる危機に備えなけばならないのです。

それが70年代.80年代と今との違いです。文鮮明師が70年代になさったのはアメリカに対して精神的、霊的覚醒をもたらし、共産主義と立ち向かう戦略的指針を与えれば良かったのですが、時が過ぎ、いまは経済的立て直しまで誰かがしなければ、世界を支えることはできません。

アメリカファーストはそのために必要です。世界中の友好国か、それとギリギリの協力が必要です。

今は頭で考える正義ではなく、現実に起こっていること起こりつつあることにたいしての現実主義による対応が最も重要です。

オバマは表面的な政治的公正を求めて、それにアメリカはとらわれてリアルに起こっていることに対して対応に失敗してきました。

それによってテロを助長し、それを煽る結果となり、国論の分裂を招きました。詳しい議論は次の機会譲りますが、ついにはロシアとの対立はどうにもならないところまで来てしまいました。

今はロシアと対立せず 、中東問題をISの壊滅、テロ問題を抑制し、中国、韓半島の危機を向き合わねばならない。

そのためにコアな強い支持と支援が必要です。

そのあとが“MAKE AMERICA GREAT”“アメリカよ、偉大なれ”なのです。

今年は希望の年。

新年になって書きたいことは実は山ほどありますが、順を追って書いていきたいと思いまず。

まずは一月一日に二代目王様の天一宮の入宮式がありました。私が一年間牧会して来たある婦人が精神的、霊的なところでまさに死にかけていた人が生き返りました。

夫を愛して復帰しますと喜びの声を聞いて私もやっと胸のつかえが取れました。この人の悩みを一年間で多分百時間以上は聞いてきて、三十時間以上は語り、上がったり下がったり行ったり来たりでした。

この人は去年、本人曰く、自殺未遂までしました。それに近いような方を何人か抱えてやってきました。ですから私は仕事をしていても必ずかかってきた電話はまず取ります。

もちろん全ての方の悩みに付き合い続けることはできません。

叱って心ならずもそんな電話はかけてこないでくださいと言ってついには電話が来なくなった方もおられます。それでもかかって来なければこっちから様子を尋ねたり調べたりします。

もしかかつて来れば必ずとるのです。仕事か朝早いのでたまに夜中取れない時がありますが、それでも目が覚めて誰からの電話か確かめます。

もし危険を感じる人からの電話であれば出るしかありません。また気がかりな人なら、心配があれば翌朝早めにかけ直します。

そうして最も大変だった人が、電話を必ず取ってきた人が、もう心配ないです。大丈夫ですと言ってくれた時の私の開放感はないのです。

新年が来れば天運が来て変わるよ。と言っていたわたしも驚くほどです。

この新しい年は本当に天運があります。

今日はもう一人から電話が来て報告がありました。夫婦で家庭連合を脱会されましたが、親族からのDVと言えるような迫害の中で情にも負けてついにはご主人が礼拝だけなら家庭連合に参加すると言われたそうです。そこでは二度と永遠にサンクチュアリには行かないという誓約書にサインさせられることでしよう。

奥さんからお父様に対する貞操観念だけは捨てられないの訴えて来られました。

死ねときは遺言としてたとえ一人きりでもサンクチュアリで聖和式をしますと言われました。私が駆けつけますと言うと祈祷だけでもお願いしますと言われます。

そしてそのように信仰の持てる自分が誇らしいと苦難の中でも喜びを感じておられます。

夫婦や家族が揃ってサンクチュアリに来れている人の方がずっと少ないのです。

なぜでしよう?それは家庭連合の時から家庭教会を実践せず、誤った摂理に追われ、家庭の基盤がないのです。

女性の使命が何かが理解されていないし、それを育てることができていません。

誰が責任をもつのでしょうか?

サタンは何をつかんでいるのでしようか?

家庭連合はやがて崩壊します。時間の問題ですが、家庭連合から離れていく人たちの受け皿はどうでしよう?

サタン分立すなわち心と体はもちろんですが、家庭内のサタン分立は進んでいるでしょうか?

なぜ伝道が難しいか?答えも大きな部分がそこにあると睨んでいます。

お父様の聖和後、にせ基元節とサタンの大勝利があり、二代目王様を中心としたサンクチュアリの戦いがあります。

キリスト教が失敗してお父様はただ一人北韓に渡られ、伝道して、最も酷い拷問をうけ、さらに興南に行かれました。どのような蕩減が必要であったか。

そうして統一教会が生まれました。

その統一教会が、失敗し、韓オモニまで不信仰に陥った時、どれほどの蕩減が必要でしょうか?

二代目王様、國進様の家庭のみが負われる責任でしょうか?

私達にも負うべき責任があるはずです。家庭連合の失敗の責任を負わねばなりません。

辛いとかなんとかの問題ではないのです。

みなさま!大丈夫ですか?試練を受けておられませんか?サタンからの試練ですか?神様からの試練でしようか?

試練の中にいる時こそ、神様から注目される代表的家庭と言えるでしょう。今年は希望の年です。はやくその試練を越えるでしょう、どのような苦難もやがて終わりがきます。