ttkzkn1610のブログ

今後ますます混乱し、崩壊の危機が迫る統一教会に対して快刀乱麻、収拾を目指します。本来の姿に再生させるには、自由闊達な議論のもと、各人の主体的判断による後継者の選択と真のメシア観の確立が最重要課題と確信しています。

韓半島問題もやはり神とサタンとの戦いです。鍵を握るのは?

数日前のBSフジのプライムニュースでのキャスターの反町 理の反応が平和ボケ?というかガッカリでした。

この番組は保守系メディアで月曜から金曜まで大体見ることが多いのですが、保守系メディアと言っても所詮、マスコミですから、まあこんなものかと思う場面もしばしばです。

それはそうですが、少し考えさせられる場面がありました。

それは小野寺防衛大臣と森本元防衛大臣をゲストに迎えて北朝鮮に対する新たなミサイル防衛システム、イージス・アショアの導入についての議論でした。

色々突っ込んだやりとりがあって反町さんから小野寺大臣に対して、導入つまり実戦配備まで、四年くらいの期間が必要と聞いた時の反応がかわいそうというか、平和ボケというか、まあ、感覚や認識の浅さに産経グループですらこの程度なんだなと改めて思いました。

というのもこの方聞き倒しす力の持ち主としてこの番組で名を馳せ、先月にはフジテレビ報道局解説委員長にも就任されています。

さて、まずイージス・アショアについてご存知ない方もおられるかもしれないので簡単に説明します。

北朝鮮からもし日本に向けてミサイルが打たれた場合、まず海上にてイージス艦と呼ばれる駆逐艦(と言っても昔なら巡洋艦くらいの大きさはあります)から迎撃ミサイルが発射されます。

そしてもし撃ち漏らしたならば今度は陸上でパック3という迎撃ミサイルで撃ち落とすことになります。

ところが、一度に複数発、例えば10発以上撃たれて本当に全て撃ち落とすことができるのかという疑問がでてきました。(そのような攻撃を飽和攻撃と言います。)

そこでさらにもう一段階の迎撃システムを取り入れようということになり、このイージス・アショアというシステムを導入することになりました。ちょっと見づらいですがイメージ図です。真ん中のミサイルがイージス・アショアの迎撃ミサイルです。


(イージス・アショアのイメージ)


来年度予算にも計上すべく夏の概算要求にもあげられることになりました。

ところが、まず、用地確保のための調査などから始まり、実戦配備までには約四年くらいを要すると言われています。

それで、解説委員長の反町キャスターは早速そんなに時間がかかっては間に合わないではないかと例によって聞き倒しにきました。

今日明日とは言わないがいつ北朝鮮のミサイルが飛んでくるかわからないのにそんな四年後なんて、意味があるんですか?というわけです。

時間がかかることが説明されますと、それならば、それでも導入するということはその四年後という時期になってもまだ北朝鮮のミサイルの脅威があるという前提なんですか?と聞き倒してきたわけです。

すると小野寺、森本両先生はそうですねと答えていました。

すると「えー❗️」とばかり、キレ始めました。私たちはいつミサイルが飛んでくるのかとイライラしながら、毎日検討しているのに四年経ってもまだ、それが続いているかもというのが前提なんですか?と非常に焦っておられました。

この方、テレビを意識してかやや大袈裟なリアクションもあるので少し割引きますが、心構えのなさに本当に頼り無くなりました。

確かに北朝鮮の脅威がどうなるかはここ一、二年が山場でしょう。

しかし、それで脅威が収束していくと考えているとしたらやはりお人好しのノー天気なお方?という印象です。

保守系のフジテレビというマスコミの解説委員長といのもそこは浅いのが改めてわかりました。

事態はどんどん悪くなっているのです。戦争が起こらなければ、韓国は北朝鮮に飲み込まれ、韓国を保護圏に入れるのはアメリカから中国に移行する可能性はだんだん増しているのです。

そうなれば北朝鮮のミサイルは相変わらず日本に向けられているのです。

小野寺さんたちは国民向けには費用対効果の面で、安上がりで効果的なイージス・アショアが採用されたということを強調します。

しかし、配備のスピードならTHAADミサイルシステムでしょう。

しかし、逆にこれからの長い戦いを想定すれば、限られた予算内で有効性の大きいイージス・アショアを選択したのでしょう。

つまり四年後でも北朝鮮の脅威は大いにあり得るという判断なのです。その時は統一朝鮮であるかもしれません。


もしそういった脅威の連続かあるいは増幅があることを判断しないで約四年後の実戦配備が予定されているのならどれほど間の抜けた話でしょうか?

今日か明日かとビクビクしながら、過ごしているものにとって、何ヶ月先の苦しみすら忍耐ができず、数年後もその緊張が続くのかということにとても耐えられそうもないといった様子でした。

タカ派だとか保守系とかいう連中もその程度の人が多いのです。

勝共にいた頃だったか、30年前後昔の話ですが、当時の著名な外交評論家を呼んで、講演会をしたことがあります。

西ドイツ大使経験者だった曽野明さんだったと思いますが、車で送り迎えをした記憶があります。

講演の中身はもう覚えていないのですが、驚いたのは核戦争はありえない。と言われたのです。散々検討して、その結論に至ったので、間違いないと言われたのです。

帰りの車の中で。その根拠をお尋ねしたところで、考えて考えて、夜も寝られなくなり、精神的におかしくなってきて、ついに、核戦争はない!と、断言することにしたというのです。そうでないと精神的に参ってしまうというのです。

そんなものかと呆気にとられました。

そのことを思い出しました。まあブロの外交官を極めて、外交評論家として、研鑽を積んでもその重荷に耐えられないというわけです。

彼らの辛さは結局、神様がわからないので、神様とともに耐えるということがないのです。

そして委ねる気持ちにもなれません。ただ、耐えてるとやがて限界が来るのだと思います。

私たちは善悪に従い、その確信において、永遠の世界があることを知っているから、いかなる結論に最後はとのような結果になろうと最後は神に委ねることができます。

それは神様を信じる者が一番強いという証明であると思います。

私たちが霊的支柱であるということです。

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